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出羽三山神社は山岳信仰の聖地!東北の修験道の中心で厳格かつ神秘的!

日本の神様と神社

出羽三山神社は東北地方の厳しい自然の中にあり、霊峰に抱かれた山岳信仰の聖地と言われております。出羽三山は出羽丘陵の主要部を占める山岳を指します。「羽黒山」「月山」「湯殿山」からなり、東北随一の霊場とされています。

現在でも、出羽三山に対する信仰は篤く、毎年多くの方々が参詣登山に訪れています。

今回は、この東北随一の霊峰に抱かれた、修験道を中心とする山岳信仰の聖地である、出羽三山神社をご紹介してみたいと思います

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東北の霊峰に抱かれた出羽三山神社とは

出羽三山神社 参集殿
出展:出羽三山神社参集殿

出羽三山神社というのは、出羽三山に鎮座する三つの神社を総称したものを指します。一つ目は、羽黒山の「出羽神社」(いではじんじゃ)、二つ目は、月山の「月山神社」、三つめは、湯殿山の「湯殿山神社」のことです。

  • 出羽神社(いではじんじゃ):山形県鶴岡市
  • 月山神社(がっさんじんじゃ):山形県庄内町
  • 湯殿山神社(ゆどのやまじんじゃ):山形県鶴岡市
あさひ地域周辺登山ガイドマップ
出展:あさひむら観光協会

出羽三山神社は、「蜂子皇子」(はちこのおうじ)という人物を開祖としています。

「蜂子皇子」(はちこのおうじ)というは、第三十二代「崇峻天皇」(すしゅんてんのう)の第三皇子で、天皇が「蘇我馬子」(そがのうまこ)との政争に敗れ、その後難を逃れるために、いとこである「聖徳太子」勧めで仏教修行の道に入ることになります。そして、三本足の烏で有名な「八咫烏」(やたがらす)に導かれて出羽国に入ることとなります。

「蜂子皇子」(はちこのおうじ) は厳しい修行を経て、羽黒の大神にして国魂である「伊氏波神」(いではのかみ)の出現を拝し、これを羽黒山の山頂に「出羽神社」(いではじんじゃ)として祀りました。その後、「蜂子皇子」(はちこのおうじ) は、月山と湯殿山も開くこととなります。

出羽三山神社の社伝によると、この開山の年を「御開山の年」とし、「推古天皇元年(593年)のこととする」とされています。出羽三山神社では、「蜂子皇子」(はちこのおうじ)を「御開祖」として崇拝しています。

出羽三山神社の御祭神と御利益

出羽三山神社は先にも述べたように、 羽黒山の「出羽神社」(いではじんじゃ)と、 月山の「月山神社」、湯殿山の「湯殿山神社」の三社です。

羽黒山の「出羽神社」(いではじんじゃ)の御祭神は、「伊氏波神」(いではのかみ)と、「倉稲魂命」(うかのみたまのみこと)です。

月山の「月山神社」の御祭神は、「月読尊」(つきよみのみこと)です。また、湯殿山の「湯殿山神社」の御祭神は、「大山祇命」(おおやまつみのみこと)と、「大己貴命」(おおむなちのみこと)、 「少彦名命」(すくなひこなのみこと)です。

「大己貴命」(おおむなちのみこと)の別名は、「大国主命」(おおくにぬしのみこと)です。

出羽三山神社の御利益

出羽三山神社のご利益は、「五穀豊穣」「家内安全」「交通安全」となっています。

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羽黒山の出羽神社

柴燈護摩

山形県鶴岡市にある羽黒山の「出羽神社」(いではじんじゃ)は、「伊氏波神」(いではのかみ)と、「倉稲魂命」(うかのみたまのみこと)を主祭神としています。

「出羽神社」(いではじんじゃ)は、「羽黒派古修験道」の根拠地として知られています。

羽黒派古修験道とは?

「羽黒派古修験道」というのは、これも「蜂子皇子」(はちこのおうじ) をルーツとする修験道であり、中世には東日本一帯を信仰圏としていました。

修験道は中世以来、天台・真言・華厳などの諸宗と深く関わりをもっていました。これが次第に、教団的な組織となり、のちに天台系の本山派と真言系の当山派へと発展し、鎌倉時代には羽黒山にも巨大な修験者の教団が成立していました。

出羽三山の開祖である「蜂子皇子」(はちこのおうじ)は、「能除仙」(のうじょせん)とも呼ばれ、「大峰修験」や「熊野修験」が開祖と仰ぐ「役行者」(えんのぎょうじゃ)より時代が早く、身分も貴い方とされています。

また、修験道の最高の法儀である「柴燈護摩」(さいとうごま)は、「蜂子皇子」(はちこのおうじ)が「役行者」(えんのぎょうじゃ)に授けたものであるという伝承から、羽黒山こそ修験道の根本であるとして「古修験道」と称しています。

国宝である東北最古の五重塔

羽黒山の五重塔
出展:国宝を訪ねて

羽黒山は、会津や平泉と共に東北仏教文化の中心でした。山麓の「黄金堂」は重要文化財にしていされています。また、「五重塔」は国宝となっています。古くは「瀧水寺」の「五重塔」と言われ、近くには多くの寺院がありました。しかし、現在は、もうその寺院はありません。
「素木造り」で「柿葺」、「三間五層」の五重塔だけが、優美な姿で残っています。現在の塔は、長慶天皇の時代(約600年前)庄内の領主で、羽黒山の別当であった「武藤政氏」が再建したと伝えられています。

羽黒山の三神合祭殿(さんじんごうさいでん)

三神合祭殿

三神合祭殿(さんじんごうさいでん)というのは、月山・羽黒山・湯殿山の三神を合祭した日本随一の大社殿です。月山と湯殿山は、冬季は雪で閉ざされ参拝が困難なため、三山のご祭神を羽黒山の出羽神社に合祀し、「羽黒三所大権現」(はぐろさんしょだいごんげん)として崇敬しています。

権現と言うのは、神仏習合によりできた言葉で、「仏が神に姿を変えて出現した」ことを言います。神仏習合のもとでは、各神社は「羽黒権現」「月山権現」「湯殿山権現」と呼ばれ、本地仏は、羽黒権現は「聖観音菩薩」(しょうかんのんぼさつ)、月山権現は「阿弥陀如来」(あみだにょらい)、湯殿山権現は「大日如来」(だいにちにょらい)となります。

本殿は度重なる火災にあっており、現在の社殿は「合祭殿造り」と称し、「羽黒派古修験道」独自のもので、文政元年(1818)に再建されたものです。

羽黒山の三神合祭殿
三神合祭殿の内部

社殿の高さは28m、桁行24.2m、梁間17mで主に杉材が使用されています。内部は総朱塗りで、屋根の厚さ2.1mにも及ぶ萱葺きの建物で、平成12年、国の重要文化財に指定されています。

鏡池
出展:出羽三山神社

また、「三神合祭殿」(さんじんごうさいでん)の前にある「鏡池」は、神秘の池として古来より多くの信仰を集め、「羽黒信仰」の中心でもありました。

楕円形のこの池は、古書によると「羽黒神社」と書いて「いけのみたま」と読ませており、この池は神霊そのものと考えられており、篤い信仰の捧げられた池で、古来より多くの人々によって奉納され、「銅鏡」が埋納されているので鏡池と言われております。

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月山神社と月山の御来迎

月山神社 本宮
出展:出羽三山神社

月山神社は、月山山頂に鎮座しており、月の神として知られている「月読尊」(つきよみのみこと)を主祭神としています。

月山神社は標高1984mの月山山頂に建っています。明治維新後、東北地方唯一の「官幣大社」(かんぺいたいしゃ)として、国から優遇されていました。

●官幣大社(かんぺいたいしゃ)とは?
官幣大社(かんぺいたいしゃ)とは、日本において官(朝廷、国)から幣帛(へいはく)
ないし幣帛料を支弁される神社のことです。

●幣帛(へいはく)とは?
神道の祭祀において神に奉献する、神饌以外のものの総称のことです。

これは、明治維新以降「延喜式」に倣って、近代社格制度(きんだいしゃかくせいど)として、新たに神社を等級化した制度ですが、第二次世界大戦後に廃止されています。

月山の御来迎

ブロッケン現象

月山は、夕日のよってブロッケン現象が起こることで有名です。西側が晴れて東側に霧がかかると、夕日を背にして山頂に立つと、自分の影が霧に映る現象のことを指します。また、霧の水滴によって虹が発生し、その虹をバックに映ることが特徴となっています。

●ブロッケン現象とは?
太陽などの光が背後からさしこんで、影の側にある雲粒や霧粒によって光が散乱されるもので、見る人の影の周りに、虹と似た光の輪となって現れる大気光学現象のことです。

この虹を背にし、黒い影が立つ様子は阿弥陀如来の出現を思わせがるので、月山では、この現象を「御来迎」(ごらいごう)と呼ばれ、崇拝の対象となっているのです。

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巨岩がご神体の湯殿山神社

湯殿山 本宮

湯殿山神社は、湯殿山中腹の梵字川のほとりに鎮座しています。ご祭神は、山の神である「大山祇命」、「大己貴命」(おおなむちのみこと)別名「大国主命」(おおくにぬしのみこと)、「少彦名命」(すくなひこなのみこと)をお祀りしています。

湯殿山神社本宮では、現在でも参拝に際しては履き物を脱いで裸足になり、御祓いを受けてからでなければお詣りは許されていません。俗世とは切り離された神域となっているからです。

湯殿山神社は拝殿も本殿もありません。ただ熱い温泉が湧き出ている巨岩を御神体としています。また、湯殿山は、「即身成仏」(そくしんじょうぶつ)のために、数多くのの行者が籠り、即身仏になったことで知られています。

神仏習合であった時代、三山を「抖擻」(とそう)する修行を「三関三渡」と言いました。
羽黒山は現在を表す「観音菩薩」、月山は過去の世界の「阿弥陀如来」、そして葉山や薬師岳は未来の世界の「薬師如来」とされ、それらの加護と導きによって「現在・過去・未来」の
三関を乗り越え、湯殿山の三関を超越した世界の「大日如来」の宝窟に安住し、即身成仏(生きたまま悟りを開く)の妙果を得るというものです。

裸足になってご神体に登拝するのは、「大日如来」と一体になって感得することなのです。
また、湯殿山は神の世界ですから、古来より人工は許されず社殿を設けていないのです。

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