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和風月名・五節句・雑節は季節を表す言葉!意味と由来を解説!

しきたり

日本人の「しきたり」は、日本独特の季節感によって、現代にまで培われて来ました。
五節句や雑節は中国から伝わり、日本独自の進化を遂げています。和風月名をはじめ、季節を表す美しい言葉の意味や由来につい解説したいと思います。

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「しきたり」とは何か?

雛祭り
出典:ウチコト

神道や仏教には全く興味のない人でも、お正月には「おせち料理」を食べたり、初詣に行ったりします。また、「雛祭り」や「端午の節句」に人形を飾ったり、お祭りには神社やお寺に遊びに行ったりもします。

あるいは、おめでたい時には「万歳」をして祝い、贈り物をするときは「水引」や「熨斗」をつけたりします。身内に不幸があれば、お寺でお葬式を行ったり、お盆には仏壇の前で手を合わせたりします。このように、日々の行事や慣習の多くは、神道や仏教や、その他の「しきたり」に基づいているものです。

「しきたり」とは、神様や仏様、先祖の御霊に祈り感謝し、お願いすることを、行事や行動として伝えてきたものです。

「しきたり」の歴史

自然信仰
出典:つるおか観光ナビ

自然豊かな日本において、かつては自然そのものに神が宿っていると考えていました。
このような自然信仰は、天候に左右される農耕主体の生活に移り変わった頃から増々強くなって行きました。

自然に宿る神を崇めなければ、異常気象が発生し、食料を得ることができないと考えた人々は、祈ることが、生きることと同じく重要な意味を持つようになったのです。こうした祈りや感謝は、日常的に繰り返され、やがては「しきたり」として定着するようになって行きました。

人々は、農耕生活により定住するようになり、古墳に代表されるような埋葬の文化と自然信仰が混ざり合い、祖霊信仰も生まれたのです。

人々の祖先も自然神となり、農耕生活に適した気候や、その結果得られる実りをもたらしてくれるものとしたのです。このようにして、祖先を偲んだり先祖に祈りをする「しきたり」も生まれてきたのです。

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日本の四季と和風月名の関係とは何か?

和風月名
出典:開運日和

日本は北半球にあるので、一年で最も日が高くなる「夏至」は日照時間が長くなり、逆に最も日が低く日照時間も短くなるのが「冬至」です。ただ、大気が移動するのに約一か月半程度かかるので、最も暑いのが八月上旬ころで、最も寒いのが一月下旬頃となります。

日本で生まれ育った日本人は、「春夏秋冬」の四季があることが当然と思っていますが、世界を見渡してみると季節の変化に乏しい国は、とっても多いのです。四季を感じて生活できることは、本当に幸せなことだと思います。

古くは、農業や漁業が中心の生活だった日本は、四季の変化と、その暮らしが今よりもずっと密接につながっていました。そのため日本には「和風月名」と呼ばれる日本独自の12か月の呼び方があります。

これは旧暦の季節感が基本になっていて、その起源は「日本書紀」に見られます。日本書紀が編纂されたのが710年ですから、相当古い話になります。その読み方や由来も様々です。

私たちは季節の言葉の意味を知ることで、暮らしがいっそう豊かなものになると思います。

和風月名とは何か?

「和風月名」という言葉を初めて聞く方もいらっしゃると思いますが、「弥生」(やよい)「神無月」(かんなづき)「師走」(しわす)という呼び方は、聞いたことがあるはずです。
これが「和風月名」と呼ばれているものです。

日本は世界に比べ、四季の変化がはっきりしています。そんな季節の変化を感じ取って言葉に表現してきたものが「和風月名」です。

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和風月名の由来について

「和風月名」は、もともと気候や祭事などに関連してつけられたものが多く、旧暦ではその季節にあった名称でした。しかし、どういうわけか新暦になっても「1月は睦月」と言うように、順番に使われてきました。従って、「和風月名」は、実際の季節とは一か月~二か月位ずれた名前になっています。

和風月名由来
1月睦月(むつき)家族や親類が仲良く集い喜び合う月
2月如月(きさらぎ)寒さのため着物をさらに重ねることから「衣更着」と言われる
3月弥生(やよい)「草木弥生月」の略で、弥はますますという意味
4月卯月(うづき)卯の花が咲くころ 「卯の花」はユキノシタ科の落葉低木です
5月皐月(さつき)稲の苗を植える月という意味の「早苗月」(さなえづき)の略
6月水無月(みなづき)梅雨により天に「水がなくなる月」、田に水をはる「水の月」の意
7月文月(ふみづき)七夕行事にちなみ、短冊に詩歌などの文を書いたことに由来する
8月葉月(はづき)葉が散る頃。稲穂が張る月「張り月」が転じた言葉
9月長月(ながつき)夜が長くなり「夜長月」(よながづき)が語源と言われる
10月神無月(かんなづき)諸国の神様が出雲大社に集まり、神様がいなくなる月という意味
11月霜月(しもつき)本格的な冬を迎えて、霜が降るようになる頃と言う意味
12月師走(しわす)年末の忙しさで、ふだん走らない師(僧侶)も走り回ると言う意味
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五節句と雑節は節目となる重要な日!

一年の移ろいを表す言葉には「春夏秋冬」「四季」「和風月名」以外にもいろいろなものがあります。その季節の移ろいを表す言葉の中には、季節の節目である重要な日とされた「五節句」、農業をする人が季節の移るり替わりを知るための「雑節」(ざっせつ)と言うものがあります。

「五節句」には、「端午の節句」「上巳の節句」(じょうみのせっく)などがあり、「雑節」には、「彼岸」「土用」「入梅」などがあります。

五節句とは何か?

五節句
出典:縁起物百科事典

「節句・節供」は、伝統的な年中行事を行う季節の節目となる日のことを言い、奇数が重なる「厄払い」の日とされ、「神祭を執り行う日」とされております。

節句は年間を通して様々存在しており、そのうちの代表する5つを、江戸時代に幕府が公的な行事・祝日として定めたものです。それが「人日の節句」「上巳の節句」「端午の節句」「七夕の節句」「重陽の節句」の五節句です。

「五節句・五節供」と言われる風習は、古代中国の「陰陽五行説」を由来として日本に定着した暦です。
古来の日本においては、この節目となる日に、宮廷において節会(せちえ)と呼ばれる宴会が開かれていました。

中国から伝わった考え方に、日本の宮中行事などが合わさったもので、江戸時代の初期に、幕府によって「式日」(しきじつ)と定められ、「公武行事」として行われました。このような風習が武家から民間にも広まって行くことになります。

しかし、江戸幕府が決めた「式日」は、明治時代に入って暦を「太陰太陽暦」から「新暦」(太陽暦・グレゴリオ暦)に変えることに伴って廃止されましたが、このような風習は広く民間に残り現在に至っております。

旧暦での行事である節句は、新暦に切り替わった後も、日付はそのまま行われるので、気候や作物などが現代とずれていて合わないこともあります。

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人日の節句 (七草の節句)一月七日

「人日の節句」は、正月の行事を終わらせる日でもあります。 一月七日の朝に「春の七草」(セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ)の入った「七草粥」を作り、若菜の生命を取り入れ、一年の無病息災を願って食べます。そして、 通常の生活に戻っていきます。

上巳の節句 (桃の節句)三月三日

「上巳の節句」(じょうみの節句)は桃の節句として有名です。 誕生した女児を祝福し、健やかな成長を願い、雛人形で邪気を払い、子供の成長を祝う「雛祭り」が行われます。この行事は江戸時代以降に急速に広まったと言われております。

菱餅や桃の花を添え、「ちらし寿司」や、「白酒」などで宴を催します。「桃の節句」は中国から伝わった「上巳の節句」が起原となっています。江戸時代以降、日本では雛人形を飾る「ひな祭り」という文化となって現代に受け継がれています。

端午の節句(菖蒲の節句)五月五日

「端午の節句」は、国民の休日である「こどもの日」として知られています。三月三日の女の子の節句である「上巳の節句」いわゆる「桃の節句」に対して、「端午の節句」は、 男の子の節句です。「五月人形」や「こいのぼり」を飾ってお祝いします。

「粽」(ちまき)や「柏餅」に菖蒲の花を添え宴を催します。中国から伝わった「端午の節句」が起原となっています。鎌倉時代以降は、「菖蒲」が「尚武」と同じ読みであり、また菖蒲の葉が剣に似ていることから、日本独自の文化となって現代に受け継がれています。
なお、鯉のぼりには、立身出世を願う気持ちが込められています。

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七夕の節句 (笹竹の節句)七月七日

日本古来の豊作を祈る祭りに、 中国の「織姫」と「彦星」の伝説や、日本の伝承である「棚機津女」(たなばたつめ)と習合した「七夕」(しちせき)のことで、 奈良時代には七月七日と定められ、「牽牛」(けんぎゅう)「織女」(しょくじょ)の二星を祭るとともに詩歌や縫製、染織などの技術上達を願う行事とされており、江戸時代以降には一般庶民にも広がりました。 笹竹に願い事を書いた短冊などを付けて立てます。

重陽の節句(菊の節句)九月九日

「重陽の節句」は、陽の数の最大の「九」が重なることで、特に重要とされ「酒」に菊の花を浮かべた「菊酒」で邪気を払ったとされています。このことから「菊の節句」とも言います。

「菊酒」を飲み、菊の「被綿」(きせわた)に溜まった露で体を拭い健康と長寿を願います。また、菊を愛でる菊花展、菊人形展も各地で開催されます。

● 「被綿」(きせわた) とは?
菊の花にかぶせてその露と香りとをうつしとった綿のことを指します。

雑節とは何か?

入梅
出典:tenki.jp

「雑節」というのは、季節の移ろいを表す言葉です。中国由来の暦では日本と気候が異なり、農業を営む人々が季節の移り変わりを十分につかめないので、それを補助するものとして、日本独自につくられたものが「雑節」という暦です。

「雑節」は、古くから日本の文化に溶け込んでおり、年中行事や「物忌み」が伴っています。 「物忌み」 というのは、「神事において飲食や言動を慎み、不浄をさけること」とです。つまり、縁起の悪いことをしないということです。

例えば、「土用」にはウナギを食べると良いとされる「土用の丑」には、「土いじりをしてはいけない」とか、「種まきをしてはいけない」という、物忌みが伴っています。

「物忌み」の背景は、季節の移り変わり目に大仕事をして、農作業にに支障が出ないようにする戒めであり、生活に密着していた農業と深い関わりがあります。

年々、この日本独自の「しきたり」もだんだん薄れて来ているような気がします。しかし、この季節に根差した文化を忘れないようにしたいものです。

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節分

節分
出典:YOKU MOKU

節分は、もともと「立春」「立夏」「立秋」「立冬」の前日で、四季の終わりを指していました。 すべて「季節を分ける」という意味の節分でしたが、立春は一年の始まりとして尊ばれたため、節分といえば春の節分を指すようになったようです。現在では「立春」の前日のことを言います。「如月」(2月)の三日頃を指します。

彼岸

彼岸
出典:hibiyakadan.com

彼岸は、春と秋で年二回あります。春は「春分の日」と、秋は「秋分の日」を中日として、前後三日間の計七日間のことを指します。

彼岸というのは、もともと仏教の言葉で、あの世を指す言葉と言われています。煩悩を脱した悟りの境地のことを指しています。先祖を偲び供養する日本独自の仏教行事です。

また、三途の川をはさんで、我々が住んでいる世界を「此岸」、そして仏様の世界を「彼岸」と言います。

土用

土用の丑の日
出典:まとメシ

「土用」とは、「立春」「立夏」「立秋」「立冬」の季節が変わる節目の直前18日間のことを言います。「土用」は、どの季節も期間中に土をいじることは、いけないと伝えられており、農作業は休みとなったのです。

立春の「土用」は4月17日頃、立夏の「土用」は7月20日頃、立秋の「土用」は10月20日頃、立冬の「土用」は1月17日頃となっています。うなぎを食べることで知られているのが、「土用の丑の日」です。

社日(しゃにち)・春社と秋社

社日祭
出典:大塚八幡神社

「社日」とは一年に二回あり、春を「春社」秋を「秋社」と言います。この日は、本格的に農作業を始める日で、「春分」と「秋分」に最も近い「戊」(つちのえ)の日です。

「社日」の「社」は、土地の守り神である「産土神」(うぶすながみ)のことを指します。「産土神」は、春になると里へ降りてこられ、秋になると天に帰られるのです。この「産土神」(うぶすながみ)を祀る日のことを「社日」と言うのです。春には豊作を祈願し、秋には収穫を感謝するものとされています。

八十八夜

八十八夜
出典:tenki.jp

「八十八夜」は立春から88日目のことを指し、現行暦では5月2日頃にあたります。春から夏に変わる節目とされ、「八十八」という字を組み合わせると「米」になることから、農業に携わる人にとって特別な日となっています。

「八十八夜」を過ぎると、晩霜も終りになるので、農家ではこれを種まきや茶摘み、あるいは、 その他の農作業開始の基準としているのです。

晩霜というのは、「晩春」「初夏」のころに降りる霜のことで、育ちはじめた草木の葉や芽を傷め、作物に被害を与えてしまう「霜」んもことです。

入梅

梅雨入り
出典:ALLAbout

入梅とは、梅の実がこの頃に熟すことに由来しています。立春から127日目にあたります。いわゆる梅雨入りです。 実際の梅雨入りとは異なりますが、この日から約30日間が梅雨の期間になります。ただし、「梅雨入り」は、地方によって異なっています。

江戸時代の農民にとって、田植えの日を決めるうえでも、梅雨の時期を知ることは重要なことでした。そこで、目安として暦の上で入梅を設けたのだと考えられています。

半夏生(はんげしょう)

烏柄勺 (半夏生)
出典:ウィキペディア

「半夏生」は、気候の変わり目として、農作業の大切な目安とされています。夏至の中の「七十二候」にもあたり、「雑節」のひとつでもあり、田植えを終える目安とされています。

田植えは「夏至」の後「半夏生」に入る前に、終わらせるものとされ、それを過ぎると秋の収穫が減るといわれてきました。 田植えが無事に終わると、水田や神棚に餅やお神酒を供え、「田の神」に感謝する「さなぶり」という行事を行なっているところもあります。

「夏至」(げし)から十一日目にあたり、太陽暦では七月二日頃です。 また、各地で様々な「物忌み」がされる日でもあります。

「半夏生」の「半夏」は「烏柄勺」(からすびしゃく)という薬草のことで、「半夏生」は、この薬草が生える時期を指した名称だといわれています。

二百十日(にひゃくとおか)

風祭り
出典:しきたり

「二百十日」は立春から210日目で、台風の厄日とされています。特に台風の被害が多いわけではなく、この頃は稲の開花時期でもあり、 農業従事者に注意喚起をする日とされています。

この時期は、稲をはじめ農作物が実る大切な時期で、台風によって育った稲や果物が被害を受けてしまいます。そのため、農作物を守る祈りの儀式として、昔からこの時期になると「風祭り」が各地で行われています。

「風祭り」は、農作物を風害から守るために神に祈願するお祭りです。昔の人々にとって、大風は「風の神」が起こすものだと信じられていました。風で稲が倒されたり、花が散らないよう神に祈る祭り「風祭り」などを行っていました。

二百二十日(にひゃくはつか)

「二百二十日」は立春から220日目で、この日もまた、台風の厄日とされています。現在の9月11日頃のことで、稲の遅い開花時期にあたり、農家では注意を払う日とされています。

旧暦8月1日の「八朔」(はっさく)「二百十日」「二百二十日」を農家の「三大厄日」としています。昔は台風の予測ができず、人々はこの日を恐れ、「風を鎮める祭り」を行って収穫の無事を祈るようになりました。

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